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2014年8月11日 (月)

私が「女性になりたい」と考え始めたのは・・・

私が女性を羨み始めたのは、いつの頃からだっただろうか。私は、高齢出産の父母の
一人っ子として育った。
幼児の時は、社宅(団地)で隣に住んでいる同い年の女の子のSちゃんと将来、絶対に
結婚するつもりでいたように思う。
そういう意味では、普通の男の子だったのだ。しかし、同時に、女の子に与えられるものを
羨んでいたような覚えもある。
具体的には、楽器、雛人形あたりだっただろうか。
はっきりと、女性を羨望した(というよりも、女性になりたいと思った)のは小学校1年生の
時だ。
私は、強烈な「女の子になりたい」という欲求を持った。自分でも、その欲求をどう処理した
らいいのかわからなかった。
おちんちんを憎み、おちんちんのないすっきりした女の子の股間を羨望した。
おちんちんを何とか取ろうと思って、色々やった。そして、覚えたのが自慰である。
自慰をして、絶頂に達すると「女の子になりたい」という強烈な欲求が一時的ではあるが
小さくなるのだった。
それから、私は、独特の空想を描きながら、自慰をするようになった。
空想の内容はこんな内容であった。
世の中を女だけにしようとたくらむ組織がある。私は、その組織に誘拐されて、女性に
される手術を受けさせられる。
最初は、男言葉で「やめろ」と抵抗するが、手術が50%を超えたところで、女性の要素の
ほうが強くなり、女言葉になり「男なんていや。はやく女にして」とお願いするようになる。
(ここの50%を超えて、自分の意識が変わってしまうところが、私にとっては最大にエロチック
なのだった)そして、100%女になり、おちんちんがなくなるところで、フィニッシュである。
しかし、快感を感じるところは、皮肉なことに無くなった筈のおちんちんなのだが。
どうして、自分はそこまで強烈に女の子になりたいと思ったのだろうか。
自分でもよく分からない。
一つ思い出すのは、当時、マンションに住んでいたのだが、一つ下の階の女性が
「女の子を産みました。名前はMと名付けました」と報告をしに来た時の母の反応である。
母はこう言った。「私も本当は女の子が欲しくて、女の子が生まれたらMという名前に
するつもりだったんですよ。」
それが、私の女性願望の原因かどうかはよく分からない。あまり関係ないのではないかと
いう気はするが、その時の母の反応は強く記憶に残ったし、今でも、私は、自分の女性名
(使う機会はないのだが)はMだと思っている。
自慰を覚えてしばらくしてから、モントリオールオリンピックがあった。
モントリオールオリンピックといえば、体操のコマネチである。
レオタード姿の彼女のすっきりした股間を見て、私もああなりたいと思いながら自慰に
ふけったことを思い出す。
小学校4年生の夏頃だっただろうか。私は、性器がおかしくなったと感じた。
陰嚢がだらんと伸びてしまうようになったのだ。
私は、自分は死ぬのだと思った。そして、原因は自慰だろうと考え、それから、自慰を
するのをやめた。
当時は、まだ大人的な性欲はなかったので、自慰をしなくても特になんともなかった。
そして、私は幸いにも死ななかった。
自慰を再開したのは、そのおよそ2年後、性に目覚めた小学6年生の時のことである。

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