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2014年9月 5日 (金)

苦しみぬいた浪人生のころ

浪人生になったばかりの頃、私は、深夜にテレビで、ある映画を見た。
私が生まれたころに制作されたフランス映画で『昼顔』という作品名である。
あらすじは「お金持ちの人妻が、自分の中に潜む衝動に駆られて、自ら娼館に赴き、
昼間だけの娼婦になる」
というもので、進行の合間に主人公の心象風景が挿入される。
視聴者は、それが心象風景であることを知らず、ストーリー展開の一部だと思って
見るのだが、やがてその心象風景は、どんどん非現実的になってゆき、そこで、
ぱっと現実のストーリーに戻る。
そこで、視聴者は、今のがストーリーの一部ではなく、主人公の心象風景だということに
気付くのである。
私は、この映画を見ておかしくなってしまった。
特に心象風景は、私の精神に大いに動揺を与えた。そのマゾヒスチックな心象風景に
私の精神は共振してしまったのである。
私が、しょっちゅう、女性に感情移入して自慰をしていた事は前の記事に書いた。
自慰が終わるたびに、自分が男であることの不快感が高まったが、徐々にその不快感は
静まっていくのが通常だった。
しかし、その映画を見た後は違った。自分が男であることの不快感が暴走してしまった
のである。
私は、発作を起こした。過呼吸発作というのであろうか。死ぬのではないかと思った。
そして、その翌日から、私の図書館・本屋通いが始まった。
何としても、自分が男であることを自分自身に納得させなければならなかった。
しかし、自分が男である事を納得させられる資料は一向に見当たらず、それどころか、
女性に対する羨望感を高める資料ばかりが見つかるのだった。
例えば、図書館へ行けば、女性に関する本が沢山ある。しかし、男性に関する本は
まるでないのである。
(正確に言えば、その数年後に私を救うことになった、渡辺恒夫の本や下村満子の本は
既に発刊されていたが、私が発見することはできなかった。)
その現象は、「女性がマイノリティーだから、女性に関する本が沢山あるのに対し、
男性はマジョリティーだから男性に関する本はない」という理屈で説明されるのであろう。
しかし、私には「女性には価値があるから女性に関する本はたくさんあるが、男性である
ことには価値がないから男性に関する本はない」と思えてならないのだった。
そして、今度は、本屋に行けば、マーケティングの本がひたすら女性だけを取り上げ、
持ち上げているのだった。
私は、救いを求め、もがいたが、もがけばもがくほど、地獄に嵌っていった。
ある日、私は、気晴らしのために、パソコンショーに出かけた。
しかし、ちっとも気は晴れなかった。
パソコンショーでは、美しいコンパニオンさん達が、明るいスポットライトを浴びて
自分の魅力を見せびらかしていた。
醜い男である私は、暗闇の中から美しい彼女たちをただ羨望のまなざしで見るしか
ないのだった。
「彼女たちが羨ましい。女に生まれ、そして美人になって、自分の魅力を見せびらかして
いる。それに比べて自分は・・・」という思いが私を苦しめた。
夏に、私は所用があって、S駅の駅務室に入った。
そこで、私は、実に不愉快なものを見てしまったのだった。
駅務室に入ると若いOL風の女が泣き喚いているのである。
どうやら、不正乗車がばれて、駅務室に連れてこられたらしかった。
その女は、駅員が話しかけようとすると、その度に、わっと泣き出し、
「私、悪いことしようと思ってしたんじゃありませーん」と繰り返すのだった。
もう理屈も何もない。キセルしたのだから悪いことをしようと思ってしたに違いないのに。
泣くのも、嘘泣きだというのが、バレバレだった。
私は、腹が立って仕方がなかった。
女性に憧れる私でさえ、私が彼女と同じ立場になったとしても、あの場面で泣き喚くと
いうのは、ちょっと思いつかない事だ。
それを彼女は平然とやっているのである。
そして、マスメディアやマーケティングの連中が、持ち上げているのは、まさに彼女の
ような女であるように思えてならないのだった。
「女性は男よりも強い」とか。
一体、どこが?自分の不正がばれたのを泣き喚いてごまかそうとするのは、「強い」の
ではなく「厚かましい」のである。
私の悪感情は、どんどん強まり、勉強しようという意欲はまるで湧かなかった。
それどころではなかったのである。
やがて、受験の季節がやってきた。
私は、当然のように受験に落ちまくった。
一つの例外を除いては。
そして、その例外こそが、小学生の時から私が憧れつづけていた(付属の中学を受けた
が落ちた)大学なのだった。
奇跡だった。
その奇跡が起きていなかったら、私はとっくに自殺して、この世にいなかっただろう。
しかし、大学に受かったからといって、根本的な問題が解決するわけではない。
時代は、いよいよ、バブルというひたすら女性を礼賛する時代へと突入していった
のだった。

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