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2014年10月 5日 (日)

男性としてのプライドが失われるとき

小学校6年から、中学、高校にかけて、私はGというバンドのファンだった。
女性ファンが多いGだったが、私が中学2年生位のころ、音楽雑誌で
「最近、Gのコンサートに男性客が増えている」という記事を見かけた。
その記事において「男性客が増えている」というのは、明らかに肯定的ニュアンスが
含まれているように感じられた。
男性客が増えるというのは、本質をよくわかった客が増えるということであり、
好ましいことなのだ・・・
少なくとも、私はそのように解釈し、男性であることにプライドを感じた。
ところが。
そのうち、世の中が、女性に受けることばかりを重要視していることが解ってきたので
ある。
例えば、マーケティング雑誌の定点観測記事を読めば、女性の比率が高いことが
好ましいことであり、男性の比率が高いことは、マイナス要因である事が分かった。
やがて、私は、不愉快なものばかりを押し付けられているように感じるようになった。
私が、雑誌などを読んでいて「これいいな」と感じると、必ずといっていいほど
「女性向け、女性のため」のモノであるというあからさまな、あるいは、それを示唆する
記載があるのだった。
逆に、私が不愉快だと感じるモノには「男性」が割り当てられた。
いつしか、私は、常に失望感を感じるようになっていった。
そして、男性としてのプライドを失ってしまったのである。

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