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2014年12月 5日 (金)

「女性の時代」とは壮大な炎上商法である。

現代は「商業主義的女性の時代」です。 そして、商業資本が、それを演出しています。
「女性の時代」を構成する要素は複雑ですが、 フェミニズムによる女性推しよりも、
商業資本による女性推しの方が強いものと考えます。
というか、フェミニズムが言い出した「働く女性」を商業資本が商業的に利用するなど
商業資本がフェミニズムを利用していると言ってもいい位です。
今回は、そういうテーマについて書こうと思います。
性別で商品価値があるのは、「男性」か「女性」かと聞かれれば、大抵の人は「女性」と
答えると思います。 かつて、女性がその商品価値を発揮するのは、女性領域のみで
でした。
男性の聖域というものがあって、女性は、そこには立ち入らず、 男性を賛美したのです。
例えば、私が小学生の頃見たドラマでは、男性が男性性を発揮するのを見た女優が
「男の人っていいわね」 と呟くというのが定番でした。
これは、女性は男性の領域には立ち入らず、男性を尊敬するという了解があったという
ことです。
しかし、いつからか(70年代ウーマンリブあたりか?)、商業資本は、ある事実に気づき
ます。 「商品価値の高い女性を女性領域に閉じ込めず、これまで男性が占めていた役割
に進出させると儲かる」という事実です。
そこで登場するのが、「働く女性」など、「男性に勝るオンナ」ということです。
「働く女性」は「働く男性」を凌ぐ価値を有しています。商品価値において・・・ですが。
これらは、女性の商品価値・女性の消費者価値をベースにしており、どうしても「女」を
強調する事が必要です。
つまり、「働く女性」の真の価値は「働く」ではなく「女性」(の商品性)にあるのです。
では、商業資本にとって、一番怖いのは何か? 逆説的なようですが、
「本当に女性が働いてしまうこと」であると言えます。
女性が本当の意味で働いて「男性化」すると、女性の商品性・女性の消費者性が
消えてしまう可能性があるのです。
ところで「ウーマノミクス」という言葉を何度かこのブログでも紹介しましたが、
「ウーマノミクス」は決して 実現しません。
ウーマノミクスとは、「女性が社会進出し収入を得ることによって、今まで以上に
女性消費が拡大する」と いう事なのですが、そんな事はあり得ません。
「女性が男性の役割に進出し、そのことによって女性としての役割を更に強める」などと
いうことは不可能です。 おそらく、そんなことは言い出しっぺも知っているでしょう。
では、何故、「ウーマノミクス」などと騒ぐのでしょう?
それは、「ウーマノミクス」という言葉を「打ち上げる」だけで、彼らに莫大な儲けが
転がり込むからです。 打ち上げた「ウーマノミクス」は決して目的地には到着しませんが、
目的地に着く必要など最初からないのです。
これって、何かに似ていないか?と考えて閃きました。
「炎上商法」に似ているのではないか・・・? そう、「女性の時代」とは「壮大な炎上商法」
なのです。 炎上商法は、内容が過激であれば過激であるほど儲かります。
そんな訳で、「女性の時代」もどんどん過激さを増しています。
逆に、炎上商法にとって一番怖いのはなにか? 人々がそれが炎上商法であることに
気づいてしまうことでしょう。
では、そういう「商業主義的女性の時代」に男性が対抗するには、どうすればいいので
しょうか?
ひとつは、フェミニズムと、商業資本を対決に追い込むことです。 フェミニズムと
商業資本は、現在は「なぁなぁ」の仲でやっていますが、本来、相容れないものです。
例えば、「美人コンテスト」に反対するフェミニズムがあります。
一方、美人コンテストに無くなられては困るのが商業資本です。
美人コンテストが無くなってしまうと、女性の商品価値が落ちてしまうからです。
そこで、両者を対決させる。 「女性の時代」陣営内の内部抗争を起こさせるのです。
抗争の結果、両者とも消えてなくなってしまえば、最良の結果であると言えます。
もう一つは、女性から商品価値を奪ってしまうことです。
女性に商品価値があるのは、男性が女性に欲望するからです。
つまり、男性が女性に欲望するのを止めてしまえば、女性の商品価値も無くなり、
「商業主義的女性の時代」は終焉すると予想されます。
男性が女性に欲望するのは本能であり、それを止めるのはとても難しいだろうとは
思いますが、私自身としては、とっとと女性から商品価値を奪ってしまいたい気分です。
男性が女性に欲望するのをやめ、更に一歩進めて、男性に欲望するようにしたら
どうなるでしょう? 今度は、男性に商品価値が生じます。
そうなると、今度は「商業主義的男性の時代」が訪れるかもしれません。
男性が男性であることを商品価値として女性の領域に進出する一方、女性には
商品価値がないので、 女性は男性の領域に進出できず、今度は女性が
苦しむかもしれません。
以上は、勿論、「女に生まれたかった男」の空想でしかありません。
大部分の女性が、フェミニズムがなんと言おうと、オンナを捨てないであろうことと同じで
大部分の男性は、男性であること(つまり、女に欲望すること)を捨てる事はないでしょう。
しかし、女に欲望することをやめない男性は、女性だけがひたすら持て囃される時代が
これからも長く続くことも覚悟するべきだと思います。

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