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2014年12月 4日 (木)

女性は「怒れるマイノリティ」か?

かつて、ネット上で「女性差別だけが取り上げられるのは不公平だ」と愚痴を言ったところ、
「それは、女性たちが怒りの声を上げているのに、男性は上げないからだよ」と言われた
ことがある。
本当に、その人の言うとおりなのだろうか?
もし、そうであるならば、ある意味で、私にとっては救いである。
何故なら、男性が怒りの声を上げれば、男性差別も取り上げられるはずだからである。
しかし、男性がいくら怒っても取り上げられないとしたら・・・?
今回は、そういう話である。

一般にマイノリティというのは、注目を浴びる存在である。
少数民族や、被差別人種、同性愛者などだ。
特に「怒れるマイノリティ」というのは、「正しい人たち」として注目を浴びる傾向がある。
しかし、ここで間違ってはいけないのは、「マイノリティだから注目を浴びる」ということは言えるものの
「注目を浴びるからマイノリティ」とか「注目を浴びないからマジョリティ」とは言えないということだ。
即ち、女性というのは、マイノリティだから興味を持たれるのではなく、元々、「興味を持たれる」という属性を
備えているということだ。(逆に、男性は「興味を持たれない」という属性を備えている。)
女子高生は注目されるが、男子高生は注目されない。
女子大生は注目されるが、男子大生は注目されない。
それと同じ文脈で、「怒れる女性」(フェミニスト)は興味を持たれるが、「怒れる男性」は
興味を持たれない・・・
そんな気がしてならないのだ。
「怒らなくても、注目を浴びる女性」
「いくら怒っても、注目されない男性」・・・
一体、どっちが本当に不幸なのか?
一体、どっちが本当のマイノリティなのか?
それが私の疑問である。

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