« 「働く女性」と「オヤジギャル」と「ウーマノミクス」 | トップページ | はじめて「女性専用」に反対したころ »

2015年1月10日 (土)

大学院を受験したころ

わたしは、かつて、いくつかの大学院を受験したことがある。
大学院を受験するために、私は、大学院予備校で、先生と私だけの1対1で憲法を学んだ。
しかし、その講義のある回に、先生がショッキングなことを言ったのである。
「ドメスティックバイオレンスとは、強者が弱者に対して行う暴力、即ち、男性が女性に
対して行う暴力のことですね。」
これが、誤りなのは言うまでもないだろう。
この定義では、男性が女性に暴力を加えれば、それは全てDVということに
なってしまう。
言うまでもなく、DVは、男性が女性に対しておこなうものとは限らない。
それどころか、アメリカでは「夫から妻へのDVよりも、妻から夫へのDVの方が多い」と
いう調査すら存在する程である。
(下村満子『アメリカの男たちはいま』参照。
『アメリカの男たちはいま』は、かなり古い本だが、アメリカの男性運動においては、
現在でも、男性に対するDVの世間への周知は、主要な活動の一つのようだ。
アメリカの男性団体のHPで「DVの半分は、妻から夫へのものである」という主張を
見かけたことがある。)
私は、先生の言葉を聞いて、ショックを受け、震えてしまった。
そして、涙が出そうになった。
先生も、私の雰囲気がおかしいのを感じ取ったようで(何しろ、聞いているのは私一人
なので)、「途中からなんか変な雰囲気になりましたが・・・」と言って、講義を終わった。
お陰で、私は、一時期、憲法の考え方そのものを拒絶しそうになってしまった。
しかし、そのうち、こう考えるようになったのである。
「憲法の考え方は、男性差別にも応用できるのではないか?」と。
そして、それからは「男性差別に適用すると、どうなるだろう?」と考えながら講義を
聞くようになった。
(例えば、私は大学生の頃に前述の下村満子の本を読んで、
「アメリカに於いて男性が犯罪を犯した場合と女性が犯罪を犯した場合では、
男性の方が罪が重くなり、女性のほうが罪が軽くなる」という知識を持っていた。
それに憲法の講義で得た知識を加えると「法の下の平等に反する男性差別」と
なるわけである。)
その後も、先生は、女性は弱者論をしばしば、ぶったが、何とかこらえた。

そして、大学院入試の季節がやってきた。
その中で、憲法の問題で、ずばり、男女差別について出題してきた大学院があった
のである。(実は、第一志望の国立大学院)
女性差別について書けば、無難なのは言うまでもない。
しかし、そこで媚びることは、死んでも出来なかった。
私は、男性差別について、講義を聞きながら考えていたことを書きまくった。
答案用紙の表だけでは書ききれず、裏にまで書いてしまった。
結果、私は、その大学院の一次に合格した。
試験は、英語と憲法で、英語はとてつもなく不出来だったので、憲法は高得点を
とったものと思われる。
しかし、2次で落ちてしまったのである。1次合格者のほとんどが2次に合格するにも
拘らずである。
2次試験は、研究計画書と面接なのだが、面接は明らかに最初から最後まで
「あなたは落とします」という雰囲気だったから、面接の前に不合格は
決まっていたものと思われる。
だとすると、研究計画書がまずかったのだろうか?
今考えると、研究計画書は、かなり的はずれなことを書いてしまった。
しかし、全く同じ研究計画書で、他の大学院には合格したのである。
だとすると、憲法で男性差別について書いたのがまずかったという可能性が浮かんでくる。
「書いてあることは、憲法学的に正しいので、高得点を付けざるを得ないが、
男性差別について書くような奴は入学させたくないので、2次で落とす」という訳である。
そうではないと信じたいが、可能性は否定出来ないと今でも思っている。

憲法を教えてもらった先生には、大学院受験報告書という形で「男女差別について
出題されたので、男性差別について書きました」と書いて、
やんわり、私が、男性差別反対の立場であることを伝えておいた。
その先生は、私に教えたのを最後に大学院予備校をやめた。
大学の常勤講師に採用されたからである。(今では、教授になっている)
大学の常勤講師採用は、極めて狭き門である。
それを通ったのはめでたいことだが、もし、大学が「男女共同参画の立場から女性を
優先的に採用します」というスタンスをとった場合、先生は、今でも、大学院予備校講師
という不安定な立場であった可能性がある。
もし、そうなっても、先生はそれを受け入れられるのだろうか?
と考えずにはいられない。
(2016/08/05 一部修正、追加)

« 「働く女性」と「オヤジギャル」と「ウーマノミクス」 | トップページ | はじめて「女性専用」に反対したころ »

男性差別」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/599083/60950364

この記事へのトラックバック一覧です: 大学院を受験したころ:

« 「働く女性」と「オヤジギャル」と「ウーマノミクス」 | トップページ | はじめて「女性専用」に反対したころ »