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2015年5月

2015年5月23日 (土)

女の子への仲間意識が敵意に変わるまで

小学校高学年の頃、私は女の子たちにある種の仲間意識を持っていた。
(私の方が一方的に抱いていただけだったのかもしれないが)
それを今、言葉で表せばこういう感じになるだろう。
「君たち、可愛いね。でも、僕たちも可愛いよ。だから、僕たちは
仲間だよね・・・」

しかし、中学に入る頃から、事情が一変する。
女の子がひたすら持て囃され、チヤホヤされるようになる。
女子高生、女子大生、お嬢様 etc・・・
逆に、男の子は「進んでいる女の子たちに男の子はついていけない」と
評され、「オタク」などと呼ばれるようになる。
高度消費社会に適応した男の子たちもいたが、彼らも、高度消費社会における
主役である女の子の前では「アッシー」、「みつぐ君」という脇役扱いしか
受けられないのだった。

そういう中で、私の持っていた彼女たちに対する仲間意識は、次第に、敵意に
変わっていったのである。

2015年5月13日 (水)

映画:昼顔

4月に何も書かなかったので、取り敢えず、記事を一つ書こうと思う。

以前、「苦しみ抜いた浪人生のころ」という記事で、『昼顔』という映画を見て
おかしくなってしまったことを書いた。
お金持ちの人妻が自ら売春婦になるという話で、主人公の心象風景が
ストーリーに挿入される。その一つに、確か、こんなものがあった。
(手許に『昼顔』はあるのだが、確認はしない。苦しくなるから)
教会で、神父がオブラートを女の子(恐らく、子供の頃の主人公)の口に含ませようと
するのを女の子が拒否するのである。
私は、このシーンに惹きつけられてしまったのだが、このシーンは
一体、何を暗示しているのか考えて思いついた。
このシーンは、ずばり、レイプされたいという願望を顕しているのである。
オブラートを拒む女の子が望んでいること・・・
それは、無理矢理、オブラートを飲まされること(レイプされること)なのである。
そして、このシーンに惹かれてしまう私にも、レイプされたいという願望があるのだろう。

それにしても、この映画、あまりにもひどい。
主人公の夫は、主人公に惚れた売春の客に襲われ、障害者にされてしまう
(車椅子にサングラスということは、歩けず目も見えなくされてしまったということだろう)
のである。
しかし、真相を知った主人公の夫は、妻のせいで障害者にされたにもかかわらず、
妻に理解を示す・・・とかいう、どこの三流ドラマだ!という展開なのである。
(書いていて腹が立ってきてしまった)
これが、ベネツィア国際映画祭、金獅子賞?

と思って調べたら、「主人公の夫は、真相を知って、植物状態から回復し、立ち上がる」と
いうラストなのだそうな。
でも、自分の目では確かめないよ。この映画は、私にとっては、今でも危険な映画なの
だから。

(滅茶苦茶な記事ですいません)

2月の末に紀伊國屋書店で『オトコのカラダはキモチいい』という本を見つけ、
3月にアマゾンで買った(他にも、電子書籍版も買いました)ので、
それをレビューしようと思っているのですが、まだ一部しか読んでいなくて。
(紀伊國屋書店は、女性のみポイント倍の日を設けている男性差別書店なので、
アマゾンで買いました)
私は、自分の肉体のエロスを追求したいのだし、自分の持っている肉体は
男の肉体なので、この手の本に興味が有るのです。

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