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2015年8月 5日 (水)

「女は持って生まれた美醜で人生が決まるが、男は頑張れば何にでもなれる」か?

15年ほど前、フェミニストのグループと論争をしたことがある。
その中で、あるフェミニストがこんなような事を言った。
「女は、持って生まれた美醜によって人生が決まるのに、
男は、頑張れば何にでもなれる・・・」
私は、彼女のこの発言は、嘘偽りのない彼女の心の叫びであると
感じたので、むげに否定することはしなかった。
しかし、こう感じたのも事実である。
「男が頑張れば何にでもなれるのだとしたら、女は頑張れれば
いくらでも美人になれるんではないの?」と。
要するに、男だって、持って生まれた才能というものによって人生を
左右され、頑張れば何にでもなれるという訳ではないという事である。
男の領域の方が広くて、様々な可能性を探求できるというのは、事実ではあろう。
しかし、女が専有する領域が(例え、男性より狭いとしても)、人間の
根本に関わる中核的な領域だとすれば、女の方が損であるとは言えないのである。
しかも、現代において、男は、自分の領域を女に開放することを強いられる。
(開放しないと性差別者扱いされる)
逆に、女の領域は、女の聖域のままだとしたら、不公平感を感じる男が現れるのは
当然である。

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