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2016年7月20日 (水)

私の女性羨望(1)

私は長いこと、自分が女性を羨ましく思うのは、女性にはおちんちんという醜い器官が
なく、すっきりとした股間をしているからだと思っていた。
そうではないことに気付いたのは比較的最近である。
私は、女性そのものを羨んでおり、その女性の最大の特徴がすっきりした股間なので
ある。
思春期になって、第2次性徴が現れるにつれ、私の女性への羨望は股間にとどまらず、
体の全体に広がっていった。
女性の綺麗な肌、しなやかな髪、甘い声、そして、月経・出産の神秘・・・
それらへの羨望感は、小さい時から感じていたすっきりした股間への羨望感に
よく似ていた。
いつしか、街で女性らしい女性を見ると、とても自然な感じを覚え、男性らしい男性
(失礼ながら、汚い肌でゴツゴツしていて、毛深く、髪の毛が薄い人)を見ると強烈な
違和感を感じるようになっていた。
女性は優れている、男性は劣っている・・・
女性に対する強烈な羨望とコンプレックス・・・
それなのに、マスコミを見ると「如何に女性が差別されているか」という話ばかり
なのだ。気が狂いそうだった。
或いは、女性がいかに優れているか、というような話も多かった。
しかし、「女性がいかに優れているか」という話をマスコミがする前提は
「女性は劣っているという偏見」を覆すためらしいのである。
ところが、私は女性のほうが優れていると思っているのである。
「女性は優れている、男性(自分)は劣っている」と感じ、苦しんでいる私に
「女性がいかに優れているか」という話を聞かせるなんて、あんまりではないか?
(つづく)

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