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2016年10月 1日 (土)

男性に対しては保守の論理を適用するリベラル主義者

私は、このブログで、何度かリベラル批判をしてきた。
しかし、私は決してリベラル思想そのものを嫌っているわけではない。
問題は、一部のリベラル主義者が、そのリベラル主義を男性に対して適用しないことに
ある。
(その原因は、おそらく、彼らがリベラル主義者の役割は無条件に女性の権利を
擁護することだと考えていることにあるだろう。)

かつて、Twitterで女性専用車に乗った男性に対するヘイトスピーチ(ヘイトtweetと
いうべきか?)に対する抗議をしていたら、横から割り込んできたリベラル男がいた。
その人物からのtweet(リプライ)で印象に残ったのが「大多数の人が問題にしないような
女性専用車両にこだわるお前はビョーキ」というような内容のtweetである。
この理屈は思いっきり保守主義者の論理である。
リベラルにとって大事なのは人権の筈である。
そして、人権と多数決とは、対立関係とまでは言えないが、緊張関係にある。
往々にして人権侵害は、多数決の下に起こるからである。
ところが、そのリベラル主義者が「大多数の人が問題にしないのだから、
女性専用車両には何の問題もなく、問題にする方が病気だ」と宣うのである。
男性に対しては、保守主義者の論理を適用する訳だ。
やはり、「男性に人権はない」と言わざるを得ないだろう。

彼は、黒人に対する公共交通における差別に抗議したローザ・パークス女史が
もしまだ生きていて、Twitterをしていたら、「大多数の人が問題にしない黒人隔離を
問題にするお前は病気だ」というtweetを彼女に送るのだろうか?

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