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2017年3月

2017年3月25日 (土)

小田急線を例に考える「主力は男、主役は女」

東京に小田急線という私鉄が走っている。
小田急線には2タイプの電車がある。
主力の通勤形電車と特急ロマンスカーである。

通勤形電車は、昔は白く塗装されていたが、今は、銀色の金属むき出しで走っている。
昔の電車は鋼鉄製で色を塗らないと錆びてしまったのだが、現在の通勤形電車は
錆びないステンレスでできているので、色を塗る必要がないのである。
通勤形電車の正面デザインは、何の工夫もない、のっぺらぼうデザインである。
変に凝ったデザインにしてしまうと製造費用がかかる上に、メインテナンスが大変なのだ。
客室の窓カーテンもいつの間にか無くなってしまった。
窓にUVカットガラスを採用することにより、メンテナンスに手間暇のかかるカーテンを
無くしたのである。
客室の照明はもちろん直接照明で蛍光灯がむき出しである。
車号表示も今ではプレートから安っぽいシールに変わった。
通勤形電車は、小田急線の主力として、効率よく働き、大量の人を運ぶために
このような合理化を進めてきたのである。

それに対して、ロマンスカーは、今でも塗装をしている。
正面デザインも流線型である。
室内は、華美な装飾が施され、間接照明で、勿論、カーテンもついている。
メンテナンスは、かなり手間暇がかかるだろう。
しかし、だからこそ、ロマンスカーは小田急線の主役として君臨できるのである。

例え小田急線の主力として小田急線利用者の大半を運んでいるのが通勤形電車だと
しても、主役はロマンスカーなのである。

もちろん、男女で言えば、通勤形電車が男、ロマンスカーが女である。
「主力は男だが主役は女」なのだ。
違うだろうか?
一体、通勤形電車(男)が、小田急線(社会)の主力だからと言って、そのために
車体(肉体)の合理化ばかりをする羽目になって、どんどん安っぽくなってゆき、
一方で、ロマンスカー(女)は豪華で華美な存在として、持て囃されるという状況下で、
通勤形電車(男)が優位で、ロマンスカー(女)が劣位であるといえるのだろうか?

2017年3月15日 (水)

赤毛のアン

私が子供の頃、日曜夜7時半から世界名作劇場というアニメが放送されていた。
特に有名な作品は「アルプスの少女ハイジ」、「フランダースの犬」あたりだろうか。
私が、小学校高学年の時、この時間枠で「赤毛のアン」が放映された。
私は、赤毛のアンの世界にすっかり魅了されてしまった。
私の母親が赤毛のアンの小説のシリーズを文庫本で持っていたので、
それを借りて読み始めた。
ある夜、一冊読み終えて、次の巻を借りようと母親の部屋に行ったら、
母親は既に寝ていたのを起こされて不機嫌なこともあったのだろうが
当時の私の想像を絶することを言ったのである。
「男の子が赤毛のアンなんて読むんじゃないの!!」
ショックだった。全く理解できなかった。
今思えば「赤毛のアン」は女性向けのナルシズムの世界なのだから男の子が読むもの
ではない、ということなのだろう。
当時の私はどちらかと言えば男の子向けの遊びを好んでいたが、
同時に「赤毛のアン」のような女の子的なものも好んだ。
しかし、思春期に入っていくに連れて、女の子的なものからは切り離されてしまい、
しかも男の子的なものには「オタク趣味」というマイナスのレッテルを貼られることと
なった。
絶対に不当で許せない。

2017年3月 9日 (木)

ナルシストから醜貌恐怖症への転落

私が自分の容姿に関心を抱くようになったのは小学校高学年になった頃である。
小学5年生になって、毎日が楽しくてワクワクしていた。
そしてそんな毎日の中でいつしか自分の容姿への興味が生まれて行った。

私は、鏡を見るようになった。
そして、鏡の中に「美しい自分」を発見したのだった。
いつのことかは思い出せないのだが(但し、間違いなく小学校高学年の頃の話だ)、
私は、鏡に映る自分に陶然としてしまったことがある。
喜びというよりは恐怖を感じた。「自分は他の人たちと違う」という恐怖感だった。
世の中には、美しい人たちの美しい土地が存在し、そして、自分もその一員だ、と感じた。

小学5年生の終わりに、女の子からバレンタインのチョコレートとラブレターを貰った。
春休みには、その女の子からデートをして欲しいという電話がかかって来た。
私は、女の子が男の子の美しさを賛美し、デートを申し出ることに何の疑問も
感じなかった。
まさか、男性が女性の美しさを賛美し、デートを申し出るのが大人の世界のジョーシキだと
は全く気づかなかった。

小学6年生になって、学校のクラブ活動で私は副部長に自ら立候補した。
他に2人立候補者がいて、それぞれが抱負を述べた後、クラブ部員全員で挙手による投票が行われた。
そして、殆どの人の手が私に上がったのを見た時、私のナルシシズムは頂点に達した。
皆に、自分の美しさを賞賛されているような、皆から欲しがられているような
気がしたのである
(今思うと、彼らがなぜ私に手を挙げたのか正確な理由は分からないのだが)

だが、私のナルシシズムはそこまでだった。
その頃から、セックスの情報が入ってくるようになって、男性が女性の美しさに欲望し、
彼女たちを欲しがらなければならないということが分かってきたのである。

中学に入ってから、私は鏡の前で、常に欲求不満を感じるようになっていた。
鏡の前に立った時、私の期待するような姿が映らなくなっていた。
そして、中三になった頃、私はついに鏡の中に「醜い自分」を発見してしまったのである。
変な体型、短い足。
しかし何よりも私が嫌だったのは、ズボンの前のモッコリだった。
まるで形が分かってしまうかのようなモッコリだった。
「自分のペニスは大きいのだろうか」私は悩み、ペニスを憎んだ。
(普通の男の子は「小さいのではないか」と悩むらしいが )
外出しようとしても、鏡の前で1時間2時間自分の醜い姿を眺めた挙句、結局出かけられ
ないことが多くなった。
唯一外出することが可能なのは、学校の制服を着るときだけだった。
誰でも知っている通り、制服には匿名化効果がある。
制服を着ているとき、私は個人ではなく、XX高校の生徒なのである。
しかも、制服は体型やズボンの前のモッコリが目立たない(ような気がした)のも良かった。
私は私服での外出が困難になっていった。
夏休み中も、どこか行きたい時は制服で外出した。
制服を着て、用もないのに誰もいない学校へ行き、それから本当に行きたい場所に
行っていた。直接本当に行きたい場所に行っても、誰にも分からないだろうが、
自分自身に言い訳が出来なかった。
だから、登校時制服着用義務がある学校へ行って、自分が制服を着ると
いう行為を正当化する必要があったのである。
学校を卒業したら、制服が着れなくなってしまう・・・
ズボンの前がもっこりした短足の自分を隠すことが出来なくなってしまう・・・
わたしはそれを恐怖した。

2017年3月 8日 (水)

官能小説としての眉村卓

中学1、2年生の頃、私は好んで眉村卓のジュブナイルSF小説を読んだ。
ストーリーが面白かったということもあったが、実は私にとっては、
眉村卓のジュブナイル小説は、エロ本だったのである。
眉村卓の小説は私のマゾヒズムを満たしてくれた。
例えば、こんな内容の小説があった。(多分『地獄の才能』だったと思う。30年以上前に
読んだきりなのを思い出しながら書くので、細かいところは違うかもしれない)

主人公の通う学校に天才的な頭脳を持った生徒たちが現れる。
実は彼らは地球侵略をもくろむ宇宙人たちに洗脳されていた。
宇宙人に洗脳されると、天才的な頭脳を待つようになるのである。
そして、主人公も罠にはめられ、洗脳されそうになる。
これこそ、私が待ち望んだシチュエーションである。
その洗脳シーンを中学生の私は陶酔しそうになりながら読んだ。
グロテスクな姿の宇宙人が、自信ありげに主人公に手を伸ばしてくる。
主人公は宇宙人の手を握りたい衝動にかられる。
(手を握れば洗脳が完了し、主人公は宇宙人のしもべとなる。
そして、主人公は天才的な頭脳を手に入れ、その能力の全てを使って
宇宙人の地球征服のために尽くすのである。)
「手を握ってしまえ!!」
私は心の中で叫んだ。
しかし、そこに救い手が現われてしまうのである。
そこがジュブナイル小説の限界と言えるだろう。

そして、その手の限界がないのが官能小説である。
しかし、官能小説を読むようになって、私は欲求不満に陥った。
私が「こんな目にあいたい」と思うようなエロチックな体験をするのは
女性ばかりなのだった。
男性がエロチックな体験をすることはない。
それどころか、そもそも男性は描かれない。
描かれるとしても、反吐が出そうな汚らしくて感受性のかけらもない存在として
描かれるのだ。
前述の眉村卓の小説で言えば、男性は地球征服を目論むグロテスクな宇宙人なので
ある。
一般の男性たちが、なぜこのような、自分たちは描くに値しない汚らしい存在で、
女性ばかりが美しく、かつエロチックな体験をする小説に興奮し、満足できるのか
理解できない。

(以下、余談)
眉村卓を好んだ中学生の頃、私が惹かれたのが、光瀬龍のジュブナイル小説(のタイトル)
であった。
「北北東を警戒せよ」
「暁はただ銀色」
「立ちどまれば・死」
中学生の私は思った。「なんて、かっこいいのだろう・・・」
完全に厨二病発症である。(笑い)
勿論、光瀬龍は中学生が好みそうなタイトルを狙ってつけたのである。

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