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2017年7月14日 (金)

自分の肉体から消えてゆくエロス

子供の頃、自分の体はエロだった。エロティックな体験は自分の体に起きていた。
小学生の時、何人かのクラスメイトに体を押さえつけられ、くすぐられたことがあった。
くすぐったくて、真剣に「やめて」と頼むと結局はやめてくれるのだが、
そのあとで、「あのままくすぐり続けられていたら、自分はどうなってしまっていただろう」と
思うとゾクゾクした。
或いは、お風呂場でシャワーを浴びていて、ある時、おへその辺りにシャワーをかけたら、
くすぐったいようなものすごく変な感覚を感じた。
それ以来、私は時々、おへその辺りにシャワーをかけるようになった。
これらは、今考えると、エロチックな体験だったように思う。

しかし、思春期に入って、自分の体のエロは消えていった。
エロチックな体は女の体なのだった。
エロチックな出来事は女体にしか起こらないのだった。
エロチックな体験をするのは女だけであり、男はと言えば、エロチックな女の体、
女の体験するエロチックな体験にひたすら欲望しなければならないのだった。
私に言わせれば、エロチックな体(女性の肉体)こそ一流の肉体であり、エロチックな体を
持たず、一流の肉体(女性の体)に欲望し続けなければならない男性は、三流の存在で
ある。
しかし、世間的には、女性が蔑視されていて被害者、男性は加害者であるということに
なっているのである。
(その世間的な見方と、私の見方をくっつき合わせると「男性は三流の肉体しか持たない
加害者」という最低のイメージが出来上がる)。
私はそれが不愉快で仕方がない。

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