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2018年2月16日 (金)

映画館レディースデーの話しの続き、そして「無視される男性差別」の話し

最近、やや、このブログの更新のペースが落ちているが、特に、私の執筆意欲が
落ちている訳ではない。
長くなってしまって、なかなか書き上げられない記事や、完成させるためには、
いろいろ資料を調べなければいけない記事があって、なかなかアップロード出来る
状態にならないのである。

そんな訳で、前回、北原みのりの妄言に関する記事の最後の方に書いた「映画館の
レディースデー」について、もうちょっと書いてみたい。
(今回の記事は、北原みのりは関係ない)。

題材は、朝日新聞2017年4月29日付の記事、「Be)between レディースデーに賛成?
反対?」である。

まず、この記事の問題点は、男性差別を「逆差別」と呼んでいることである。
男性差別は、れっきとした差別であり、「逆差別」ではない。
男性差別を「逆差別」と呼ぶことは「性差別されているのは、女性である」という
前提があり、もうこの時点で、公平ではない、一種の色眼鏡がかかってしまっていると
言える。
(この記事に限らず、マスメディアでは男性差別を「逆差別」と呼ぶケースが
散見される。非常に問題だと言えるだろう。)

さて、映画館のレディースデーに関しては、こんな意見が紹介されている。
「離婚後、母子家庭で家計は厳しかったですが、千円で見られるレディースデーの
映画館に行くことは、私にとって世界を広げてくれる大切な時間でした」
(だから、映画館のレディースデーは正当である」という論旨)
しかし、これは、問題のすり替えである。
貧富の差の問題を男女の差の問題にすり替えてしまっているのだ。
これでは、経済的に豊かな女性が安く映画を見られる反面、貧困状態であっても
男性は高い料金を払ってしか映画を見ることができないではないか。
(上記の女性のような貧しい母子家庭に育っても、男の子であったならば、
レディースデーの恩恵を受ける事はできないのである)

そもそも、私は「女性の方が経済的に困窮状態におかれている」というのは、
単なる神話でしかないと思っている。
女性の方が経済的に困窮しているならば、なぜ、高級レストランに女性客が
多いのか?
なぜ、高級ブランド品の重要顧客は女性なのか?

例えば、同様の神話として「暴力の犠牲者は女性が多い」というものがある。
アメリカのマスキュリズムの本は、具体的な数字をあげながら、実は暴力の犠牲者は
女性より男性の方が多いことを明らかにする。
しかし、男性への暴力は着目されず、一方、女性に対する暴力は「女性差別」として
糾弾されるのである。
困ったことに、特に左翼の人々は、男性差別を指摘しても、女性差別抗議に対する
「バックラッシュ」としか認識できない。
(勿論、保守的な男性による「バックラッシュ」は実際に存在するであろう。
しかし、フェミニズムに対する反発の全てが「バックラッシュ」ではない)

「実際には「男性に対する暴力」の方が多いのに、世間は「女性に対する暴力」だけを
問題にする」
そこには、女性差別よりもより深いレベルの「もう一つの性差別」が存在していると
いうことに彼らは気付くことができないのである。

映画のレディースデーから話が始まって、最後は、かなり話がずれてしまったが、
このままアップロードすることにする。

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