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2018年3月

2018年3月31日 (土)

「ヒカリエ」と「ルミネ」で考えたこと

昨年末、東急グループは、ディズニーとコラボのキャンペーンを実施した。
その東急グループの本拠地・渋谷に於ける一番新しい(と言っても、もう何年か
経っているが)商業施設が「ヒカリエ」である。
そのヒカリエにもディズニーのキャラクターを使った展示物が設置されたのだが、
私が一つ大きな違和感を抱いたことがある。
それは、ヒカリエにおいては、ミッキーマウスではなく、ミニーマウスを
はじめとする、女性キャラクターばかりが使われていたことだ。
かろうじて、ミッキーマウスが登場する展示物においても、
ミッキーマウスは背中だけで顔が見えなかったり、ミニーマウスがやたら
大きく強調されて、ミッキーは小さくしか描かれていなかったりする。
(つまり、完全に脇役扱い)
これは、東急グループがディズニーの女性キャラばかりを使うことによって、
女性に「女性様、あなたがヒカリエの主役でございます」と
媚を売っているのに他ならないだろう。
(実際、ヒカリエには、男性向け衣料の店は、ごく僅かしかない)

消費と対をなす仕事の分野においては、実態はともかく、言葉上では、
ビジネス「マン」という言い方は避けられるようになり、「ビジネスパースン」と
いう言葉を使うことが多くなった。
ビジネスをするのは男性だけではないというPolitical Correctnessによるものだ。
それなのに、消費の分野では「女性様、あなたが主役でございます」が当たり前の
ようにまかり通っているのである。
(私としては、ミッキーとミニーが一緒に楽しく買い物を楽しんでいるような展示が
あるべき姿だと考える)

もう一つ、最近(3月)、新宿で見かけた、JR系の駅ビル「ルミネ」の広告について
書こう。
曰く、「もうルミネは女性だけのものではない!」
(そして、5階と6階の一部がメンズの階であることの広告)
「もう女性だけのものではない」のは結構だが、逆にいえば「これまでルミネは
女性だけのものでした」という自白に他ならない。
他に新宿では、ミロードという小田急系商業施設が下から上まで見事に
レディースフロアだけで埋まっている。
現実的に女性は、商業ビルの下から上までレディースの階だけで
埋め尽くすだけの財力(一種の権力、権益)を持っているのである。
それなのに、何故、マスメディアは、そうした女性の持つ大きな権益に目を向けず、
「男性より賃金が安く、差別されている女性」などと一方的なことを書く
のだろうか。
(一般的に女性の賃金が男性より安いこと自体は事実であろう。しかし、男性が
いくら稼いだところで、それを使うのが女性(彼の妻や娘)ならば、そのお金の権力は
女性にあるのである。)
ホームレスが男性ばかりであることからは目を背け、「いかに母子家庭が貧しいか」と
いうようなことを情緒的感情的に書くマスメディアに疑問を感じざるを得ない。
(最後は、マスメディア批判になってしまいましたが、商業主義批判の記事として
載せます)

関連記事:買い物を楽しむ親子三代3人は、全員女性で当然か?

2018年3月 5日 (月)

女性専用車両に賛成する自称リベラルは、リベラルではなく「逆保守」である。

最近、女性専用車両を巡ってネットがかまびすしい。
女性専用車両反対派が、千代田線の女性専用車両に乗って、電車が遅延したのが
発端のようだ。
(TV番組でも扱われたらしいが、私はテレビはあまり見ない人間なので、見ていない)

しかし、ネットで女性専用車両に賛同し、反対派を非難する一部の自称リベラルの
言動には、リベラルとしては非常に問題のある部分が多いように思う。

私の考えでは、リベラル思想とは、人間を個人として尊重し、かつ一人一人の権利を
尊重する思想の筈である。
人間を属性で判断せず、かつ、人権の制限を当たり前の前提としないのが
リベラル思想である。
(逆に、人間をその属性によって決めつけたり、人権の制限はあって当たり前と
考えるのが保守である。)

ところが、ネットでリベラルを自称する人たちの一部が、人間を男女という属性で
判断し、男性の人権を制限する女性専用車両に賛同する言説を吐いているのを見て、
本当に心寒い。
曰く「女性専用車両反対派は女性専用車両ではなく痴漢を憎め」だそうだが、
これは、リベラルの理屈ではない。
むしろ、保守主義者的な発想である。
痴漢を憎むのは当然だが、悪いのは痴漢であって、男性ではない。
痴漢が男だからと言って、痴漢とは何の関係もない全男性の人権を侵害する
女性専用車両に賛成するのはエセリベラルである。

例えば、イスラム過激派によるテロが起きた時、イスラム教徒全員を排除しようと
考えるのが保守主義者であり、「悪いのはテロリストであって、イスラム教徒では
ない」と、イスラム教徒の排除に反対するのがリベラルである。
女性専用車両に賛成している自称リベラルは、上の例に当て嵌めて考えれば、
リベラルではなく、保守である。

もう一つ、例を考えてみよう。
例えば、朝の混雑した電車内で混雑を悪用した外国人によるスリ犯罪が
多発しているとしよう。
日本人の不安に応えるため「日本人専用車両」をつくることはリベラル的見地から
考えて妥当であろうか?
もし「日本人専用車両」に反発する外国人がいたら、外国人は「日本人専用車両では
なく、すり犯を憎むべき」という理屈は、リベラル的見地から考えて妥当だろうか?
しかも、いつの間にか、スリなんてできない程空いている日中の電車にまで
「日本人専用車両」が設けられても、「日本人専用車両を憎まず、スリを憎め」と
いうのだろうか?
(関西では、日中のガラガラの電車にまで女性専用車両が導入されている路線がある。)

女性専用車両というのは、男性の人権を侵害(穏やかな表現を使っても制限)する存在で
ある。
人権の制限する存在を所与自明の存在とみなし、それに反対する人々に
「人権の制限ではなく、○○を恨め」というその論理は、
自衛隊(軍隊とは人間の権利生命を侵害する存在である)の存在を自明とし、
反対する人々に「恨むなら、北朝鮮や中国を恨め」という保守の論理と一緒ではないか。

私は「女性専用車両ではなく、痴漢を憎め」的論理を展開する自称リベラルを
リベラルとは認めない。
私は、彼らを「逆保守」と名付けたい。
保守に反対すればリベラルになるのかといえば、そうではない。
保守に反対したところで、その論理の組み立て方が保守と一緒ならば、
リベラルではなく、 逆保守でしかないのだ。

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