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2018年7月 9日 (月)

消費者としての男性 1990年代後半編

前の記事にも書いた通り、
バブル時代(1980年代後半-1990年代前半)は、ひたすら女性が持て囃された時代だった。
しかし、バブルが崩壊して、不況が本格化する1990年代半ばになると、社会の空気が
変わってきた。
その中で「女性礼賛」にも、陰りが見え始める。
例えば、1980年代からバブル時代にかけて若い女性を礼賛し続け、「hanako族」などの
ヒットマーケティング用語を生み出した「月刊アクロス」というマーケティング雑誌は
1998年に廃刊になっている。
その「月刊アクロス」が廃刊になった1998年の「東京人」という雑誌の年末頃の号
(号数不明)に町山広美氏の「”女の時代”終結宣言。」というコラムが掲載されている。
概要を述べると
「ここ20年ほど、女性の時代と言われ、女性が持て囃されてきた。
でも、女性がおだてられたのは商売のため。若い女性が時間とお金を持つようになり、
しかもその市場は未開拓だったから、商売人たちは「いいカモ見っけ」と若い女性を
おだて、新しい商品を買うように仕向けた。でも、市場はいつか掘り尽くされる。
最近、商品が売れないのは、不景気だけが原因ではなく、女という市場が
掘り尽くされてしまったからだ」
そして、最後に予言。「これから伸びるのは若い男の子という市場だろう」
という内容である。

「若い女性の次は、若い男性だ」というのは、この時の町山氏のコラムに限らず、
バブル前或いはバブルの最中にも、何度か見られた主張である。
しかし、それが実際に大きなブームとなったことはなかった。
男性が女性ほど消費に興味を持たないというのも理由であろうが、「女性の商品価値」
と自分達の商品価値を前提とした彼女達の消費意欲、彼女達にひたすら媚び続ける
商業主義のコラボレーションの持つ圧倒的な力の前では、男性の消費意欲など
無力だったのだ。

しかし、やっと、その「商業主義的女性の時代」に陰りが見えて来た頃に、
丁度、男女共同参画社会基本法が成立、施行されるのである(1999年)。
私は、この法律を機に、それまで商業資本によって喧伝されていた
「(商業主義的)女性の時代」が、行政ベースの「男女共同参画」(実態は、行政による
女性優遇)へバトンタッチしたと見ている。

最近、某LGBTの方(LGBTに関する講演などもしている)のブログを見ていたら、
行政の人から「今後LGBTに関する講演への予算が減る」と言われたという話が
書いてあった。
予算が「LGBT」から「女性活躍」に廻されるからだそうで、今後「女性活躍」への
派手な税金ばらまきが見られそうである。(ため息)

最後は「消費者としての男性」から話がずれてしまったが、次回は2000年代に
入ってからの「消費者としての男性」について書こうと考えている。

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