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2019年11月 2日 (土)

伊藤公雄の歴史修正主義を批判する その3 『男性学入門』(1996)に見る伊藤公雄のウソ

前回は1993年の『「男らしさ」のゆくえ』を検証した。
今回は1996年の『男性学入門』(作品社)を検討してみたい。
同書で、伊藤公雄の「歴史修正」はさらにひどく、そして手の込んだものに
なっていく。
(推測だが、伊藤公雄はこの著作辺りで「男性学」の乗っ取りを本格的に
画策したのではないだろうか)

『男性学入門』で伊藤公雄が渡辺恒夫について触れたのは以下の一箇所のみだ。

>渡辺恒夫さんの研究によれば、現代社会においては、現在の自己からの
>逃避の手段として「異性装」を選択する人も少なくないという。
>なんだかよくわかる気がする。(161頁)

文字通り入門書としてこの本を読む初学者の読者には、伊藤が渡辺の研究を
好意的に紹介した上で賛意を示しているように見えるに違いない。
だが、本当にそうだろうか?
伊藤は 『「男らしさ」のゆくえ』においては、問題があるとはいえ、
一応『脱男性の時代』から文章を引用して紹介し、参考文献としても明示していた。
ところが『男性学入門』では引用がなくなり(引用すると文献名を示さなければ
ならなくなるからだろう)、参考文献からも消えてしまう。(*1)
そして、上に引用した伊藤の文章は、渡辺の研究の論旨をひどく歪めている
のである。
渡辺が「自己逃避の手段として異性装を論じた」というのは渡辺の論旨を完全に
矮小化している。
渡辺が論じたのは「近代市民社会における男性のあり方の不自然さ」である。
そして、その不自然さが結果的に生み出してしまったアブノーマルとして
「異性装」
「性同一性障害」
「男性同性愛」(ゲイ)
を論じたのである。
その中でも詳しく論じたのが「異性装」(今でいう「男の娘」)だった、ということだ。
(当ブログで「渡辺恒夫 脱男性の時代論」を掲載中なので、併せてお読み頂きたい)

さて、『男らしさのゆくえ』(1993)で伊藤が渡辺の『脱男性の時代』を参考文献に
挙げていることは上に述べた通りである。
ということは、伊藤は「近代社会と男性問題」について日本で初めて論じたのが
自分ではなく渡辺だということを知っているはずだ。
それなのに(否、だからこそ)、1996年の『男性学入門』では『脱男性の時代』を
引用もせず、参考文献から消し、渡辺の論旨をねじ曲げて紹介したのである。(*2)

何故、ねじ曲げる必要があったのか。
伊藤公雄は巻末の「おわりに ぼくが「男性学」をはじめた理由」で
自らの1984年の論文「<男らしさ>の挫折」について以下の様なことを書いている。

>この論文は、ほとんど注目されることはなかったけれど、今から考えても、
>かなりスゴい作業だったと自画自賛している。
>何しろ、近代社会とのからみで男性問題を分析するといったことなど、
>日本においては誰も考えもしない時期の作業である。
(355頁-356頁)

私は呆れてものが言えなくなってしまった。
繰り返すが、伊藤公雄が自分より先に「近代社会と男性問題」について論じた人物(渡辺恒夫)が
いることを知らない筈がないのだ。それなのに白々しくこんなことを書くとは。
「厚顔無恥」とは伊藤公雄を形容するために存在する言葉なのではないか?
こういう嘘を重ねた結果、伊藤公雄は「日本の男性学の第一人者」と
呼ばれるようになったのだ。
これだけ書けば、読者にも見えてきたのではないだろうか?
口先では「男性は権力欲、優越欲、所有欲を捨てるべきだ」と説いている
伊藤公雄の壮絶な「権力欲」「優越欲」が。

(*1)この本には巻末の参考文献欄の他に各章の章末に「読書案内」なる欄が
あって、文献が羅列されている。
(そして参考文献欄には「読書案内で紹介したものはのぞく」とある)
渡辺恒夫について本文で触れたのは第4章だが、別の章(第3章)の「読書案内」に
渡辺恒夫編『男性学の挑戦』(新曜社、1989)が挙げられてはいる。
しかし『男性学の挑戦』は渡辺恒夫の編著(多方面の学者が各章を分担した)で
あって、渡辺の主要著書ではない。
渡辺の主要著書である『脱男性の時代』を知らなかった、という言い訳は
伊藤自身が前著『男らしさのゆくえ』で『脱男性の時代』を参考文献に
挙げている以上、通らない。

(*2)渡辺恒夫の本当の論旨を知られたくないならば、最初から渡辺について
全く触れなければいいではないか、とも思える。
これは推測でしかないが、伊藤は渡辺について全く触れないでおくと
「あなたは渡辺恒夫を知らないのですか?」と突っ込まれた時に困ると考えたのでは
ないだろうか。
だから、一種のアリバイを作るために渡辺について触れないわけにはいかなかったのだ、
と私は考える。

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