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2019年12月

2019年12月23日 (月)

伊藤公雄の歴史修正主義を批判する(その4) 伊藤センセーの迷言を斬る

伊藤公雄や北原みのりの批判をしていると、こちらまで性格が歪んできそうで嫌なのだが
「批判が必要なものは批判しなければならない」という見地から続けたいと思う。
(北原みのりはともかく、伊藤公雄の過去のインチキは、殆ど無批判のまま見過ごされているのが実情だ)

以下は、伊藤公雄『男性学入門』(作品社、1996)
「おわりに ぼくが「男性学」をはじめた理由」からの引用である。

>そうこうしているうちに、欧米でも<男性論>や<男性学・男性研究>が
>けっこう盛んになっているらしいことに気がつきはじめた。
>手に入りそうなものはたいてい注文して入手した。
>しかし、もともとあまり"ヨコ"のものを"タテ"に直して「よし」とする
>日本の学問の風習は好きではない。
>また、こうした人々の議論を読んでも、ぼくと共通する問題意識は感じるのだが、
>極端にユニークな発想と出会うことも少なかった。
>というわけで、こうした議論を参照し吸収しながら、とりあえず、
>あくまで自前の<男性論>を書き、またしゃべりつづけているうちに、
>九〇年代に入ってしまった。(356頁)

まあ、ただただ「呆れた」と言うしかない伊藤公雄センセーの迷言である。
要するに
「自分が如何に反権威的な人間か」
「しかし自らに才能があるが故にオリジナリティのある男性論を書けてしまった」
という、はっきりいえば「自慢話し」である。
しかし、1980年代から男性であることに悩み、男性論の書籍を探し求めてきた私には、
善良さを装う伊藤の文章の陰から邪(よこしま)な本性が、透けて見えてしまうのである。

何も「ヨコ」(欧米)を「タテ」(日本)に直すまでもなく、日本に渡辺恒夫という先人がいることを
私達は知っている。
そして、伊藤公雄自身もそれを知らない筈がないのに、一言もそれを書いていないのである。
渡辺恒夫は伊藤公雄よりも先に「近代市民社会特有の男性問題」を指摘し、「男性学」を提唱した人物である。
伊藤公雄は「ユニークな発想と出会うことも少なかった」と書いているが、渡辺恒夫の見識は確実に伊藤よりも広く、
且つ、ユニークであった。
しかし、上記引用文章はその渡辺恒夫の存在を隠蔽してしまっている。

それとも、伊藤は**本当に**渡辺の研究に気がつかなかったのだろうか?
以前の記事でも書いたことだが、伊藤は1993年に出版した『男らしさのゆくえ』で
渡辺の『脱男性の時代』を参考文献に挙げている。
伊藤はその『脱男性の時代』の異性装者に関する考察の部分だけ読んで
「近代市民社会の男性」について述べた部分は読み落としたとでもいうのだろうか?
加えて言うならば、渡辺は単に『脱男性の時代』を一冊書いて終わりだった訳ではない。
『脱男性の時代』出版後、1990年代初頭にかけて、人文系の専門誌や
一般向けの「別冊宝島」などにも、積極的に寄稿しているのである。
朝日新聞1990年8月25日付インタビューにも「男性学という言葉を日本で最初にとなえた人」として登場している。
伊藤公雄は、それらを全て見落したのだろうか?
もし、そうだとすれば伊藤公雄はとんでもない「大根学者」(3流学者)だということになるだろう。

要するに、伊藤公雄は「大根学者」か「大嘘つき」かのいずれか(或いは両方かもね)でしかありえないのだ。
さて、読者は一体どちらだと思うだろうか?

2019年12月 7日 (土)

北原みのりという男性憎悪デマゴーグ その3

昨年6月、下り東海道新幹線が新横浜を発車したところで発生した男性殺害事件。
北原みのりが「週刊朝日」の連載コラムに男性(犯人のみならず男性全体)に対する偏見に満ちたコラム記事を
書いたことは以前取り上げた。

殺された被害者が男性であることを全く書かず、新横浜から乗り込んだコンサート帰りの女性たちが狙われたと
決めつけた上で、勝手に「コンサート帰りの幸せそうな女性たち」を憎む犯人の心理描写までしてみせた。

しかし、案の定、彼女が決めつけた内容と事件の真相が全く違うことが現在行われている裁判とその報道から
明らかになってきている。

しかし、北原みのりにとって、自分が主観的な決めつけで書いたことが事実とかけ離れていようが別に構わない。
ご当人の男性への憎悪の念を発散出来ればそれでいいのだろう。
多分、北原みのりは今後も懲りることなく男性に対する憎悪と偏見に満ちた「あっ」と驚く飛躍的決めつけをしていくのだろう。

問題は、寧ろ、そういう北原みのりのゴミ記事を載せてしまうマスメディア(朝日新聞社)にある。
ネットのブログ等に書けば一顧だにされないであろう妄想記事も、週刊誌(ネットの普及で部数と影響力をかなり失ったが)に
掲載されれば、右翼の街宣車並みの騒音被害をもたらす。

私は、あの北原みのりの記事を読んでから、dマガジン(雑誌読み放題サービス)の「お気に入り」から
「週刊朝日」と「AERA」を外した。
また、単に「お気に入り」から外しただけではなく、絶対に読まないことにした。
「お気に入り」登録したり、実際に読むことで私の払ったdマガジン購読料が朝日新聞社に配分されてしまうだろうからだ。
そして、それが北原みのりの原稿料になってしまう訳だ。

思えば、私が大学生になって隙間時間を潰すために「週刊朝日」や「AERA」を買うようになって30年以上経つ。
(AERAの創刊号はまだ手許にある)
大学を卒業してからも、かなり長い間、毎週必ず買って読んでいたが、いつしか買わなくなっていた。
それでも、dマガジンの「お気に入り」には登録し、時々目を通していたが、北原みのりが連載を持った頃から読むのが
苦痛になり、その北原みのりの新幹線殺人事件の決め付け記事を読んで本当に嫌になり、もう絶対に読むまいと決めた。
朝日新聞(本紙)も部数がかなり落ちているらしいが、何の同情もしない。
自業自得であろう。
サヨナラ、朝日新聞社。

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