思い出

2018年11月18日 (日)

パソコン通信の愉快な仲間たち(1980年代後半)

私は、1987年、大学合格決定と同時に、当時黎明期だったパソコン通信を
始めた。1990年代に大手パソコン通信ネット(多額の費用がかかる)に活動の中心を
移行するまで、とある草の根BBSを居処にしていたのだが、そこで出会った
印象深い人々について書いてみたいと思う。

N氏
彼は、女性とも男性とも取れるハンドルネームで、女装趣味(今でいう男の娘、女装子)
の人だった。何かの機会(イベントか何か)で女装させられて?、それ以来、
女装するようになったらしい。サテン生地に非常にこだわっていて、女装よりも
サテンに対するこだわりが大きいように感じられた。
私としては「男のままサテンの服を着用ではダメなのか?」という疑問を抱いた覚えがある。

T氏
彼は、デブ専ゲイ雑誌として現在でも発行されている某雑誌の名前に因んだ
ハンドルネームだった。
そして、彼自身、デブ専のゲイであり、Chatで初めて会った男性(そもそも当時、
パソコン通信に女性は殆どいなかったが)に「あなた、太っていますか?」と尋ね、
相手が太っているようだと口説き始めるというキャラクターだった。
それは、私的には愉快な風景であったが(一般社会では、男性は口説く側でなければ
ならず、男性が口説かれるということがなく、私としてはそれが不満であったので)、
ノンケの男性は、同性から口説かれてさぞ困惑したことであろう。
「新宿2丁目」という場所は彼から聞いて初めて知ったような気がする。
のちに入会したゲイのパソコン通信ネットを知ったのも彼を通じてだったような気がする。
(もう30年前のことなので記憶が曖昧である)

M氏
彼は、変わったキャラクターであった。
オフ会で彼に実際に会った人によると、つまらないダジャレ(今でいうオヤジギャグ)を連発し、
一人でケラケラ笑っていたという。
きっと頭のいい人だったのだろう。
(現在では「オヤジギャグ」などという不名誉な?扱いになってしまったダジャレだが、
私は、ダジャレを連発する人は頭のいい人が多いという印象を持っている)
私は、彼から「美少年」扱いされていた。(私に対して「美少年よ」みたいな語りかけ方を
する)
私は、当時まだ「少年愛」という概念を知らず、「この人なんなんだろう?同性愛者
とはちょっと違っているみたいだし・・・」とか「私は美少年じゃなくて、ブ少年
なんだけど・・・そもそも、私の姿を見たことがないでしょ」とか思っていた。
その数年後、渡辺恒夫の『脱男性の時代』で少年愛について読んで何となく謎が解が解けた。
彼は、少年愛の真似事をネット上でやっていたのだと思う。
彼が本当の少年愛者だったのかというと、多分違うだろう。
ただ、少年愛思想の影響を受けていたのは、間違い無いと思う。
ネット上における仮想的なものとはいえ、少年愛における「美少年」役を務められた
ことは、今となってはいい思い出である。

(注)渡辺恒夫の『脱男性の時代』(勁草書房、1986)は、男性に女性性(美、エロス、受動性)を
与えることをテーマとした本なのだが、過去の古代ギリシャや中世アラブ、江戸時代までの
日本における少年愛(成人男性が思春期の少年を性愛の対象とする社会制度)についても
大きくページを割いている。
これは、少年愛のある社会においては、少年は「女」(あるいは「女性的存在」)として
機能するからである。

2016年4月 8日 (金)

思い出:男性同性愛者向けパソコンネットにアクセスしていたころ

ANET(仮称)は、1980年代後半に日本に存在した、草の根BBSである。
(草の根BBSとは、無料のパソコン通信ネットサービスの事である。
狭い意味では個人が運営する無料のパソコン通信ネットを指すが
企業が運営していても無料の場合は草の根BBSに含めることもある)
ANETは、おそらく、日本初の同性愛者向けネットだったのではないだろうか?
当時、私は、女性のエロスを羨んでいた。
それは、「男はエロでありえないのか?」という疑問を生む。
そして、私は、男をエロと見做す人々に気付くのである。
つまり、それが男性同性愛者である。
もし、10年早くて1970年台だったら、私は、同性愛者に近づく手段を持たなかっただろう。
しかし、1980年台後半には、パソコン通信という「近づかずに近づく」手段ができていた。
(勿論、Googleなどは存在しないので、一般のネットに書き込まれた告知を見て、
そこに掲載されている電話番号にモデム(パソコンと電話回線を結ぶ装置)を使って
電話をかけるのである)
ANETは電話回線を1回線しか持っていなかった。(1回線の専用回線を設けるだけでも、
7万円くらいかかる時代だった。)
しかし、ホストコンピュータからログインすることは出来るため、
シスオペ(システム管理者)さんとなら、CHATが出来た。
ANETは、シスオペが二人いて、一人は外国人だった。
私は、外国人のシスオペさんとCHATをしたことがある。
私はゲイを装っていたが、本当はゲイではないので、ANETになんとなく心苦しい、
申し訳ない気持ちでアクセスしていた。

ノンケ
○○専
ハッテン場
カミングアウト
2丁目

といった業界用語を私はANETで覚えた。
(もっとも、現在では一般の人でも知っているが。
インターネットが性的マイノリティーの業界用語を一般に広めたのである。)

ANETには、その後、ゲイの世界で、ある程度の知名度を得ることになる人物も
参加していたと記憶している。

最近のコメント

リンク集

  • Nikkoh の 徒然日記
    男性同性愛者、Nikkohさんのブログです。マスキュリズムについての記事が大変参考になります。「手弱男」として、弱者男性の問題についても関心をお持ちです。
無料ブログはココログ

Since 2014

  • Since August 11/2014
    Tokyo,JAPAN