リベラル主義批判

2016年11月 2日 (水)

「女性の権利」と「低所得者の権利」は同じか?

世の中で「女性の権利」という時の「あるある」が
「女子供扱いされない権利」と「女子供として保護される権利」の
混同である。
これらは、互いに相容れないはずなのだが、セットで「女性の権利」として
尊重することを求められる。
それを受け入れられない男性は寛容を装うリベラル派から「ホシュハンドー」と
呼ばれることだろう。

では、どうして互いに相容れない筈のものが、ワンセットになりうるのだろうか。
彼ら(リベラル派)にしてみれば、「女性の権利」と「低所得者の権利」は
似たようなものである。
低所得者であっても、中高所得者が持っている権利の享受を保証されるべきであり
(≒女子供扱いされない権利)
且つ、低所得者としての保護(例えば、生活保護のような)も与えるべき
(≒女子供として保護される権利)
という訳だ。

だが、私に言わせれば、女性は低所得者と同じではない。
私は、女性はとてもリッチ(豊か、金持ち)な存在だと感じているからだ。
寛容とは「上の者が下の者に示す余裕」である。
女性の方がリッチ(上)で、男性の方がプア(下)だと感じている私が、
どうして、女性に対する寛容を示すことが出来るだろうか?

関連記事:「女は周回遅れ」か?

2016年10月 1日 (土)

男性に対しては保守の論理を適用するリベラル主義者

私は、このブログで、何度かリベラル批判をしてきた。
しかし、私は決してリベラル思想そのものを嫌っているわけではない。
問題は、一部のリベラル主義者が、そのリベラル主義を男性に対して適用しないことに
ある。
(その原因は、おそらく、彼らがリベラル主義者の役割は無条件に女性の権利を
擁護することだと考えていることにあるだろう。)

かつて、Twitterで女性専用車に乗った男性に対するヘイトスピーチ(ヘイトtweetと
いうべきか?)に対する抗議をしていたら、横から割り込んできたリベラル男がいた。
その人物からのtweet(リプライ)で印象に残ったのが「大多数の人が問題にしないような
女性専用車両にこだわるお前はビョーキ」というような内容のtweetである。
この理屈は思いっきり保守主義者の論理である。
リベラルにとって大事なのは人権の筈である。
そして、人権と多数決とは、対立関係とまでは言えないが、緊張関係にある。
往々にして人権侵害は、多数決の下に起こるからである。
ところが、そのリベラル主義者が「大多数の人が問題にしないのだから、
女性専用車両には何の問題もなく、問題にする方が病気だ」と宣うのである。
男性に対しては、保守主義者の論理を適用する訳だ。
やはり、「男性に人権はない」と言わざるを得ないだろう。

彼は、黒人に対する公共交通における差別に抗議したローザ・パークス女史が
もしまだ生きていて、Twitterをしていたら、「大多数の人が問題にしない黒人隔離を
問題にするお前は病気だ」というtweetを彼女に送るのだろうか?

2015年9月12日 (土)

「女は周回遅れ」か?

インテリ男性の項とダブり気味の内容ですが。

世の中には、やたらと女性に対して理解を示したがる男性がいる。
端的に言って、彼らは、女性を周回遅れだと見做しているのである。
「周回遅れに対して、色々配慮してあげるのは当然だし、その結果、
一見、男性が女性に抜かれたように見えても、実際には、女性は周回遅れ
なのだから、別に騒ぎ立てるようなことではない」という訳だ。
そして、彼らは、女性ではなく、女性優遇策に反発する男性を嗤うのである。
「周回遅れに配慮してあげられない偏狭な奴」
あるいは
「男のくせに、女性と同じ周回をまわっている能力の低い奴」
という訳だ。
しかし、私は、女性が周回遅れだと思っていない。
私だけでなく、女性に理解を示したがる男も含め、女性は周回遅れではない。
私は、周回遅れは、むしろ男性の方だと考えているのである。
だから、女性ばかりが優遇されれば当然怒る。
女性を馬鹿にしているのは、一体、私なのか、それとも彼らなのか?
よく考えてみて頂きたい。

関連記事:「女性の権利」と「低所得者の権利」は同じか?

2014年10月11日 (土)

進歩派による女性観の空想性

私は、進歩派の唱える女性像に、かなり白々しさを感じている。
彼らにとって、女性は、「弱者」であり、同時に「意識が古い男性よりも進んでいる存在」で
なければならない。
しかし、本当に女性の意識は進歩的なのか?
一般に、女性はブランド品が好きである。
そして、ブランド品は、伝統志向である。
伝統があればあるほど、ブランド価値は増すのだ。
私の理解では、伝統(過去)を肯定するのが保守で、伝統(過去)を否定(そして未来を肯定)
するのが進歩派だがその見方に立脚すれば、ブランド性にこだわりがちな女性は
むしろ、男性よりも保守的である。
そして、ブランド品を買えるのは、富者(強者)である。
とすれば、高級ブランドの上得意である女性たちは、一体、何なのか?
保守志向の強者ではないのか?
しかし、勿論、進歩派は、そんな現実は無視し、「女性は弱者」、「女性は進歩的」という
空想に今日も耽るのである。