男性消費・男性消費者論

2018年8月 8日 (水)

渋谷から消えた2つの「メンズ館」

最近、渋谷の街から、二つの「メンズ」店鋪が姿を消した。
正確には、うち一つは約1年前に閉店していて、最近になって気づいた私の方が
ある意味間抜けである。(まぁ、約1年前も「最近」の範疇ということにしておいて下さい)
二つのメンズ店鋪とは、「ルミネマン」(JR系)と「109メンズ」(東急系)である。

渋谷109(メンズではない方)は、1980年代、私がショッピングに興味を持ち始めた頃、
当時高校生だった私にとって、超憧れのショッピング施設だった。
1980年代当時、どういう内容の商業施設だったか、覚えていないのだが、その後、
ギャルファッションの聖地となったことは、ご存知の方が多いであろう。
109を始めとして、私は、このように「憧れるもの」、「好きなもの」を女に
奪われてきたのである。
(渋谷109について、ついでに言えば、最近、「大きな地震で倒壊する可能性のある建物」に
指定され「あれれ?」と思った。)

さて、その渋谷109の「別館」が109メンズである。有徴(=標準外)の「メンズ」として、
本館から隔離されているのは、新宿伊勢丹や新宿丸井と同様である。
場所そのものは、悪くなかった。有名な駅前スクランブル交差点に面した場所だったからだ。
(逆に、それが結果的に「メンズ」の看板を下ろす原因ともなった)
しかし、フロアはいかにも狭く、本家109と比べて、格下感は否めなかった。
そして、その「格下メンズ館」すらも維持されなかった。
渋谷スクランブル交差点が、外国人の観光スポットとなったことで、
スクランブル交差点に面する109メンズも、今春、メンズ館をやめ、
外国人や女性も対象にした「マグネット by 109」という施設になってしまったのである。
メンズ館だった影響で、今のところ、男性向けの店が多く残っているし、
本家109を「女の聖地」として維持し、メンズの店を「排除」するという「差別的」動機からも、
マグネット by 109がメンズ館的な役割を残すことは予想されるが、外国人向け、女性向けの要素も
加味するということで「メンズ館」ではなくなってしまったのである。

もう一方の「ルミネマンズ」は、山手線の線路際に建つ、いかにも中途半端感のある
施設だった。
そもそも、ルミネなのに、駅からかなり離れた場所にある時点でおかしい。
(ルミネは、JR東日本がファッションを扱う駅ビルにつけるブランド名である)
規模も、3階建程度で低く、見るからに「暫定利用」だった。
土地があるけど、駅から離れていて使い道が見当たらない。
そういえば、隣が男性客の比較的多いCDショップ(タワーレコード)だから、
じゃぁ、メンズ館でも建てておくか、という思惑が透けて見えていた。
そして、渋谷駅改良に伴い工事スペースが必要になったので、閉店したというわけだ。

このように、使い道に困った中途半端な場所に建てられ、必要が生じれば
すぐに無くなってしまうのが、男性向けの商業施設である。
一方、超一等地に競うように建てられるのが女性向けの商業施設である。
ショッピングに興味を持たない男性は、特になんとも思わないかもしれない。
(そもそも、そこにメンズ館があったことすら気づいていない可能性もある)
しかし、高校生の頃からショッピングに興味を持ってきた私としては、
フェミニストや左翼がいくら「男性優位社会」とがなりたてても、全く、その
「男性優位社会」とやらを信じる気になれないのである。

2018年7月29日 (日)

消費者としての男性 2000年代編

2000年代になった日本で、男性は消費者として、どのように扱われただろうか。
それまで男性が消費者として注目されるとすれば、それは若い男性であった。
中年男性は、働いて稼ぐのが社会的に与えられた役割であり、消費は彼らの役割では
なかったのである。
ところが、2000年代は、中年男性を消費者として捉えようという動きが
目立ったのが特徴であろう。

まず、2001年9月に、現在も発行されている中年男性向けファッション雑誌
「LEON」が創刊されている。
「LEON」は、冗談なんだか、本気なんだか、私には、よくわからない雑誌だが、
「オヤジ」という言葉を多用し、現代において蔑視語となった「オヤジ」と
いう言葉を肯定的なかっこいい言葉に変えようという意図が感じられ、
そういう意味では、評価できる雑誌だった。(*注1)

2003年9月には、新宿伊勢丹の「男の新館」が「メンズ館」としてリニューアルされ、
高い評価を得た。(*注2)

2004年年初には、日経流通新聞が「HAPPY NEW MAN」という特集記事を載せている。
「男性が消費に進出する」という内容の記事である。

この頃、注目を集めたキーワードとして「メトロセクシャル」という言葉がある。
直訳すれば「都会の性」だが、「都会的でファッションセンスもある消費に熱心な
異性愛の男性」を意味する。
個人的には「何で「異性愛者」である必要があるのか、「同性愛者」でもいいではないか」
と思うのだが、「メトロセクシャル」が「ヘテロセクシャル」(異性愛者)との
語呂合わせなので、どうしても「異性愛者」である必要があるらしい(?)。


2005年9月11日の朝日新聞には
「消費をリードするメトロセクシャル、男もキレイになりたい」という記事が掲載されて
いる。

しかし、2000年代男性消費ブームも、この頃までであった。
マスコミが騒いだほど、売上が伸びたのかどうかも今ひとつ不明である。
「LEON」に続いて創刊された「UOMO」も売上不振が囁かれたりした
(その後、リニューアルをして、持ち直した。但し、同じ出版社の中年男性向け雑誌
「BRIO」は廃刊となった。)

私的に、次に画期的な動きとなるのは有楽町の「阪急メンズ東京」開店だと思うのだが、
こちらは、2010年代になってからの話になるので、今回はここまでとしたい。

この時期のキーワード
オヤジ(蔑視語から肯定的ワードへの変化の試み)
メトロセクシャル

(*注1)そもそも「オヤジ」という言葉は、勿論、本来は蔑視語ではなく、高度成長期には、
尊敬の念が込められた言葉だった。
それが、消費優位社会を迎え、消費の主体である女性がおだて上げられるように
なるにつれ、消費と縁遠い「オヤジ」が逆に蔑視語となっていったのである。
私なりの認識による1980年代以降の中年蔑視語の変遷としては、

「オジタリアン、オバタリアン」(映画「エイリアン」の影響であろう)
「オジン、オバン」(女性に対する「オバン」表現はすぐに消え、
「オジン」という男性に対する表現だけが残った)
「オヤジ」

という感じである。

(*注2)とは言え、本館から切り離された別館であり「メンズ館」という「有徴」ネームで
あることに留意しなければならない。
本館の方は、当たり前のように女性がお客であることを前提として造られているのである。
フェミニズムは「女性は社会で有徴(=非標準)として扱われている」というが、
消費の世界では全く逆なわけだ。
それでも、伊勢丹メンズ館は、まだ良い方だろう。
新宿丸井のメンズ館となると、完全に新宿東口の街外れ、場末感漂う場所に立地している。

2018年7月 9日 (月)

消費者としての男性 1990年代後半編

前の記事にも書いた通り、
バブル時代(1980年代後半-1990年代前半)は、ひたすら女性が持て囃された時代だった。
しかし、バブルが崩壊して、不況が本格化する1990年代半ばになると、社会の空気が
変わってきた。
その中で「女性礼賛」にも、陰りが見え始める。
例えば、1980年代からバブル時代にかけて若い女性を礼賛し続け、「hanako族」などの
ヒットマーケティング用語を生み出した「月刊アクロス」というマーケティング雑誌は
1998年に廃刊になっている。
その「月刊アクロス」が廃刊になった1998年の「東京人」という雑誌の年末頃の号
(号数不明)に町山広美氏の「”女の時代”終結宣言。」というコラムが掲載されている。
概要を述べると
「ここ20年ほど、女性の時代と言われ、女性が持て囃されてきた。
でも、女性がおだてられたのは商売のため。若い女性が時間とお金を持つようになり、
しかもその市場は未開拓だったから、商売人たちは「いいカモ見っけ」と若い女性を
おだて、新しい商品を買うように仕向けた。でも、市場はいつか掘り尽くされる。
最近、商品が売れないのは、不景気だけが原因ではなく、女という市場が
掘り尽くされてしまったからだ」
そして、最後に予言。「これから伸びるのは若い男の子という市場だろう」
という内容である。

「若い女性の次は、若い男性だ」というのは、この時の町山氏のコラムに限らず、
バブル前或いはバブルの最中にも、何度か見られた主張である。
しかし、それが実際に大きなブームとなったことはなかった。
男性が女性ほど消費に興味を持たないというのも理由であろうが、「女性の商品価値」
と自分達の商品価値を前提とした彼女達の消費意欲、彼女達にひたすら媚び続ける
商業主義のコラボレーションの持つ圧倒的な力の前では、男性の消費意欲など
無力だったのだ。

しかし、やっと、その「商業主義的女性の時代」に陰りが見えて来た頃に、
丁度、男女共同参画社会基本法が成立、施行されるのである(1999年)。
私は、この法律を機に、それまで商業資本によって喧伝されていた
「(商業主義的)女性の時代」が、行政ベースの「男女共同参画」(実態は、行政による
女性優遇)へバトンタッチしたと見ている。

最近、某LGBTの方(LGBTに関する講演などもしている)のブログを見ていたら、
行政の人から「今後LGBTに関する講演への予算が減る」と言われたという話が
書いてあった。
予算が「LGBT」から「女性活躍」に廻されるからだそうで、今後「女性活躍」への
派手な税金ばらまきが見られそうである。(ため息)

最後は「消費者としての男性」から話がずれてしまったが、次回は2000年代に
入ってからの「消費者としての男性」について書こうと考えている。

2018年1月 1日 (月)

消費者としての男性(1980年代後半編)

私は、高校生の頃から商業施設(デパートやショッピングセンター、
ショッピングモールの類)に興味を持っていた。
しかし、浪人時代にマーケティングの本を読んで、マーケティング業界が
女性ばかりを持て囃し、男性は、商業施設のターゲットとなる消費者としては
2流、いや3流扱いであることに強いショックを受けた。
(これは、丁度、就職活動をする女子学生が、企業の採用者から2流、3流の
新卒扱いされることと対となる、男女差別のもう一つの側面である)。

しかし、失望していた私に「ひょっとしたらこれからは男性も、商業施設の
ターゲットとして重視されるようになるのではないか」、という予感を
抱かせる動きがあったのも事実である。

例を挙げよう。

今日から丁度31年前、1987年元日の朝日新聞の元日特別付録は「時代はおしゃれ」と
題した6ページ(全面広告ページは除く)に渡る男性のおしゃれ特集である。
(何冊もの特別付録がつくから、他のテーマの付録もあったのだが)

見出しとして
「変わる男らしさ」
「時代気分で軽く」
とあり、
現代(とは言っても31年前だが)の「新人類」男性のおしゃれ事情を阿部寛
(当時、メンズノンノの売れっ子モデル)密着取材や
山本耀司、宮迫千鶴、山崎浩一の鼎談、
戦後の男性おしゃれ史
を掲載しながら特集している。

また、それと同じ頃に発行されたNHK WEEKS(NHK出版)という雑誌(1987年2月号)にも
「新人類マーケット事情"男の子"ブームを探れ」という記事が載っていて、
・時代の若者気質を反映する消費行動
・"DCブランド"に端を発する"男の子ブーム"
・新名所"シンドバッドシティー"
・想像を超える男性化粧品の売れ行き
・女の子と対等になりたい男の子
・"ソフトクリームボーイ"に"さしすせそ世代"
というような見出しが躍っている。
(朝日新聞もNHK WEEKSも私の手許に現物があり、スキャンして載せたいところだが、
著作権の関係で出来ないのが残念である。)

しかし、その1987年半ば頃から、時代は「バブル期」へ入っていく。
バブル期は、ひたすら女性が礼賛された時代だった。
そして、男性が貶められた時代だった。
女性に対して、商業資本は、様々な美称を与え、彼女達の消費を促した。
男性に対しては、内向的な趣味男性に対しては「オタク」の蔑称を、
外向的でお洒落な男性に対しても「貢ぐ君」、「アッシー」の蔑称を
与えたのだった。

この時代の主な動き:「メンズ・ノンノ」創刊

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